maturimokei’s blog

俺たち妄想族

「羅生門」論2

三 「低徊」について

 

 「低徊」も気になる。現在そう使う言葉ではない。低徊の使用例は、自らを低徊趣味といった漱石の『三四郎』(明治四一)では五例見られる。

○ 三四郎は勉強家というよりむしろ彽徊家なので、わりあい書物を読まない。その代りある掬《きく》すべき情景にあうと、何べんもこれを頭の中で新たにして喜んでいる。

○ そこで手紙が来た時だけは、しばらくこの世界に彽徊して旧歓をあたためる。

○ 広田先生はそれで話を切った。鼻から例によって煙をはく。(略)煙が、鼻の下に彽徊して、髭に未練があるように見える時は、瞑想に入る。もしくは詩的感興がある。

○ 三四郎は床の中で、雨の音を聞きながら、尼寺へ行けという一句を柱にして、その周囲《まわり》にぐるぐる彽徊した。広田先生も起きているかもしれない。

○ そうしてその前に長い腰掛けを置いた。休むためでもある。絵を見るためでもある。休みかつ味わうためでもある。丹青会はこうして、この大作に彽徊する多くの観覧者に便利を与えた。

(傍線小林) 

 以上の使用例から見ると、「彽徊」は切羽詰まった状況ではない。むしろひまそうな状態である。

 また、明治四十年十一月に虚子の『鶏頭』の『序文』に漱石はこう書いている。

 「文章に低徊趣味と云う一種の趣味がある。是は便宜の為め余の製造した言語であるから他人には解り様がなかろうが先ず一と口に云うと一事に即し一物に倒して、独特もしくは連想の興味を起して、左から眺めたり右から眺めたりして容易に去り難いと云う風な趣味を指すのである。‥(略)‥此趣味は名前のあらわす如く出来る丈長く一つ所に佇立する趣味であるから一方から云えば容易に進行せぬ趣味である。換言すれば余裕がある人でなければ出来ない趣味である。間人が買物に出ると途中で引かかる。交番の前で鼠をぶら下げて居る小僧を見たり、天狗連の御浚《おさら》えを聴いたりして肝腎の買物は中々弁じない。‥(略)‥小説も其通りである。篇中の人物の運命、ことに死ぬるか活きるかと云う運命丈に興味を置いて居ると自然と余裕はなくなってくる。従ってセッパ詰って低徊趣味は減じて来る。」  

 どう考えても「低徊」は極限状況に使う言葉ではないと漱石は言っているのである。

 芥川は、切羽詰まっている下人が盗人になるのを決めかねていることに、容易に去りがたいという共通する意味を以て、全く場違いな、漱石の立場を示す「低徊」をわざと使ったのである。なんのために?笑いをとるためである。ブラックユーモアである。

 

四 「Sentimentalisme」について

 

 『羅生門』以外に、原語表現している例はある。『羅生門』を挟む15作品の中では、『羅生門』の直前の作品『ひょっとこ』の「不規則な Metronome のように、‥‥頭が、‥‥のめりそうになるのである。」と、『羅生門』後最初のプロ作家としてのデビュー作『虱』の「何時の世でも、〔Pre'curseur〕 の説が、そのまま何人にも容れられると云ふ事は滅多にない。船中にも森の虱論に反対する、Pharisien が大勢ゐた。」の三例ある。

 芥川は、『バルタザアル』等の翻訳の練習をした時に、人名地名以外は完璧に日本語に翻訳し、熟語まで創っている。和語漢語で表現する能力は充分すぎるほどある。意図して、原語を使用したのだろうか。

 原語使用は単に芥川の文体のクセまたは当時の学生の普通の表現であった可能性はかなり高い。彼の友人への書簡を見ると、

 

 「学校へはminimumにしか出ないから」「病気はなほつたが、inabilityはまだつきまとつている」(大正四・五・二三日井川恭宛て)「議論がただconventionalな上に実際自分はこんなに結婚を高くestimateしてゐるのかなと疑はしくもなつた」(大正二・八・一一山本喜誉司宛て)「肉親のbondさへ利害関係の一致しない時には」「disillusionを経過したあとの心に生まれた望みでなければ」(大正二・七・二二藤岡蔵六宛て)

 

など、いくらでも見つけることができる。二十歳の時(明治四五・七・二十)に約五万単語の全文英語の手紙を井川に送っている。彼らにとって、英語は日常語だったのかも知れない。『バルタザアル』を始めとする翻訳小説の裏には、膨大な原書の読破があったはずだ。われわれが、外来語を口にしているように、彼らの日常会話の中で、無意識に原語を使っていた可能性は大きい。われわれがカタカナで書くように、それを彼らは原語で書いていたのだ。

 しかし、小説中の原語の使用例の方が、日記中の使用例よりよほど少ないことに気付く。とすると、ピンポイントで意図的に使ったということになり、結果としては、表現としての効果を狙っていたと考えてさしつかえなくなる。ではその効果は何か。一つは二物衝撃である。 取り合わせの妙による、意外性である。私は「シンデレラ」「バックツーザフューチャー」「となりのトトロ」の文語訳をしてみたが、滑稽味が出る。異時代、異空間の言語の使用は滑稽である。

 『羅生門』において、平安朝の下人とフランス語Sentimentalismeの取り合わせは一般人には新鮮である。しかしそれだけでなく、意味を考えると、前述の「低徊」と同じくズレを感じる。下人の置かれた状況は、決してセンチメンタルというような、感傷癖という個人の特質に帰すべき生やさしいものではない。

 『ひょっとこ』では踊りに使う和風なひょっとこの面とMetronome 、『虱』では虱を殺さず飼う人には先駆者を意味するPre'curseur、虱を食う人には宗教迫害者を意味するPharisienを与える。この落差が笑いを誘う。Sentimentalismeにも芥川のシニカルなまなざしが見える。彼は決して下人に同情などしていないのだ。

 『ひょっとこ』の主人公平吉には酒を飲んで陽気に踊る自分と、しらふのおとなしい自分とどちらが本当かわからない。舟の上で踊っていて、脳溢血で死んだ平吉から、ひょっとこの面をはずすと、現れたのはいつもの平吉の顔ではなかったという話だが、Metronomeは二つの自分の往復を象徴的に表している。ならば、Sentimentalismeも下人を端的に表した言葉として解釈できないか。思想を持っているわけではなく、周囲に動かされ変わる内面の持ち主。「この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪」だと感じることを、合理的でないと芥川は突き放している。

 大修館の『国語総合』の指導書に、表現の効果として「平安時代の世界に外国語(フランス 語)をもちこみ、語りつつある=書きつつある時点が物語の中の時代とはかけ離れた「現代」であることを示」すと書いてある。フランス語がなぜ「現代」なのか、論理的でない。古文でなく現代語で書いてあるから現代だと言う方がまだ論理的である。芥川がフランス語に現代を感じていたのかも疑問だ。しかし、「語りつつある」ことへの意識の喚起には賛成だ。横文字は目立つ。この違和感、不自然さは作り物であることを意識させる。これがもう一つの効果だ。ではその目的は何なのか。それは次に述べる語り手の登場と軌を一にすると思われる。

 

 

五 語り手の登場について

 

 大正四年から五年の15作品中9作品で語り手が姿を現してる。異様な世界を描く場合、真実味を出すために語り手を登場させ、聞いた話や見た話として描いていくのは、泉鏡花の『高野聖』を初め珍しいことではない。しかし、芥川の手法は他と少し違うのである。『芋粥』では「読者」に注文をし、『手巾』では作品を読む「読者」に思いを馳せている。さらに『羅生門』でははっきり「作者」と名乗っているのだ。「作者」という表現が使われているのは、彼の代表作を含む任意の四十作品を調べても『羅生門』以外では『仙人』だけである。しかも、『仙人』では「この話を、久しい以前に、何かの本で見た作者は、遺憾ながら、それを、文字通りに記憶していない。」とあり、本質的には出来事の語り部なのであり、『羅生門』の「作者」とは決定的に違う。

 『羅生門』では「作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。・・・前にも書いたように、・・・だから・・・と云う方が、適当である。」と書く。物語に真実味を与えるのと逆の効果だ。セルバンテスは「おひまな読者よ。私の知能が生みだした息子ともいうべきこの書が~」(牛島信明訳)と『ドン・キホーテ』の序文を始める。手塚治虫も、この手法を利用していた。悪者が、コマ(漫画の枠)の裏側に逃げ込んだり、正気をなくして白目を剥いた人物の目を見て、登場人物が「作者が塗り忘れた」と叫ぶ。物語世界にのめり込もうとすると、私の作り物なんだよ、と耳元で告げるのである。笑いの基本の一つに、ネタばらしや話の中の世界から現実の世界への引き戻しがある。文の途中での作者登場にはそうした効果がある。

 

六 その他の言葉遣いについて

 「日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪がって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである」の、「日」の原義通りの使い方に新鮮な違和感を私は感じた。太陽が沈むのを「日の目が見えなくなる」という用例は、「国語大辞典」に載っている。ただ『羅生門の後に』には「一度『帝国文学』の新年号へ原稿を持ちこんで、返された覚えがあるが、間もなく二度目のがやっと同じ雑誌で活字になり、三度目のが又、半年ばかり経って、どうにか日の目を見るような運びになった」とある。今日の我々の使い方と変らない使用例が芥川の文にある。埋もれて注目されないという意味も知ったうえで、『羅生門』では太陽が沈むという原義として使っている。ただこれは現代から見た違和感だけで、執筆当時は両方とも問題なく混在していたのかもしれない。ただこの後の「足ぶみをしない」は変だ。「足を踏み入れない」なら分かるが、「足ぶみをし」なかったら近寄ってしまうではないか。

 先ほどの文の後、さらに畳み込んで、「その代りまた鴉がどこからか、たくさん集まつてくる」と続ける。「その代り」の使い方にも皮肉を感じる。「その代り」は、人が来ない代わりに鴉が来るという流れ上にある。だが、鴉がたくさん集まればますます気味が悪くて「その代り」にはならないのではないか。そうした変な言葉遣いをわざとして、笑いを誘っているように思われる。

 以上まとめてみると、言葉の意外な使い方をし、よく似た言葉を執拗に繰り返す。これらは落語漫才の常套手段である。私が、明らかにしたいのは、これらの、笑いをとるための表現が、果たして「極限状況におけるエゴイズム」を描くのに、ふさわしい手法なのか、ということなのだ。