「はひかふり姫」
原作 グリム兄弟
文語訳 maturimokei
昔、女ありけり。名をしんでれらとなむ言ひける。をんなはらから、まま母なる人、うき心もちて、うとみさいなむ。いろりに豆入れて拾はせけり。女、としごろ灰をかふりてはべりけり。鳥来たりて鳴けば、ひだるかるらんとて豆食はせをり。
清涼殿にて五節の宴あり。姉ども装束きて喜び参れど、きぬ持たざれば、ひとり家にをり、うちながめけるに、幻、不便なりとて、御衣をたび、南瓜もて車になし、ねずみもて牛になし給ふ。
「こはいかに」とあさましがるに、のたまふやう、「なむぢいとほしければ、かくしき。すべ解けん子の刻までに帰るべし」
牛車飛ぶが如く、御衣ひかるがごとし。えもいはぬさまなり。東宮、めでたまふことなのめならず。
天上を翔るしら鳥われとともに
翼比べてまひをどらなむ
女かへし、
かずならぬ身はうき草の露なれば
飛び立つ鳥の跡や絶えなむ
と絶えだえ聞こえければ、
「帰すまじ、こよひは」とてあからめもせずまもりたまへり。寺の鐘ぞ鳴る。
「あな、うや。子の刻過ぎはべりぬ。いかがせまし。とく」とてかひなはらふに、「な、行きそ」とのたまへども、いたづらなり。急ぎまかるに、足袋脱げにけり。蔵人召して、足袋もてぬしを求め給ふ。はらから、
「わが足袋にこそさぶらへ。」とて履かんとすれど、え入れず。「かかるやはある」とて入れこめんとすれどもかひなし。しんでれらのみ履きたれば、東宮あひにけり。まま母、はらから、ねたきこと限りなし。東宮、こをのみときめきたまへれば、後世もめでたかるべしとぞ。
されば仏法信ずべし。こころすなほなれば、よきこと出で来なんとなむ語り伝へたるとや。