原 作 宮崎 駿
文語訳 maturimokei
昔女はらからありけり。名をばさつき、めいとなむいひける。母君あつければ、七国山に籠り給ひけり。家ひと、ひなに渡りてすまひ、父君宮づかへなれば、牛車にてかよひ給ひけり。
ひとひ、前栽にて、物の怪の、腹白き、ねず色したる、瓜の大きさなる、立ちてありきけり。めい、しりを追ふに、古き木のうつほに入りにけり。中に大きなる物の怪、いぎたなくてをり。めい、名宣れば、神鳴るがごとくあくびけり。喜びて腹のうへに乗りて跳ねたれども、いを寝たり。
いたう雨降る日なりけり。さつき、めいを負ひて笠さして道にて父を待ちをれば、あらんむやは、となりに物の怪ぞありける。大きなること山のごとし。木の葉を頂きて濡れをり。あはれなりければ、父君の笠を与へけり。やうやうかなたよりあかり来たれば、父君かへり給はむと思ひしに、猫車なりけり。物の怪、乗りていにけり。かへさに持ちたる栃の実をぞ渡しける。あさましきこと限りなし。
さて、栃の実を蒔けどもさらに芽吹かざればいとさうざうし。ひと夜、物の怪来たりてありくに、栃の木にはかに太り、枝天に届きたり。頂にてもろともに笙を吹きて遊びけり。あした、木こそ失せにけれど、芽生え初めけり。はらから、夢なれど夢にあらじ、夢なれど夢にあらじと歌ひけり。
母君なやみ給へりと聞き、めいながめをりけり。会はんと思ひけるにや、道知れることなくひとり行きけり。方違へや知らざりけん、ありけどもありけども七国山は見えず、道まどひにけり。さつき、おうな、村人こぞりて出でて尋ぬれどかひなし。池を求むれど姿なかりけり。いかにせましと思へども、ずちなし。さつき泣きてうつほなる物の怪に請ひけり。物の怪、猫車を召せば、田を越へ、木の上を駆け、野を渡りてめいをたどりにけり。めいのたまきびを持ちたるを見て、山を越へ、川面を駆け、野を渡りて七国山に走りけり。はらから母君のおこたり給ひけるを見て心安くて会はでいにけり。格子の外に、たまきびの葉に「母君」と書きて置きたり。風の音に見やり給へれば、月、中空に上りたり。
をさなき日あひし物の怪
わがかしら霜積もれども忘れやはする