maturimokei’s blog

俺たち妄想族

「羅生門論2」十一 教育出版「現代国語一」 昭和四八年

教育出版「現代国語一」 昭和四八年(1973)~五十年

 

 教育出版は昭和四八年に採録を始め、六三年まで続き、五年間休んだ後、平成六年から二五年まで連続で採録を続ける。

 主題は

「「下人の心理の推移を主題とし、あわせて生きんが為に、各人各様に持たざるを得ぬエゴイズムをあばいているものである」と、吉田精一氏(「芥川龍之介』(三省堂))は主題をとらえている。そして、さらに、のちには「熱烈な正義感に駆られるかと思うと、やがて冷いエゴイズムにとらわれる。前にも悪にも徹底し得ない不安定な人間の姿を、そこに見た。正義感とエゴイズムの葛藤のうちに、そのような人間の生き方がありとし、そこから下人のエゴイズムの合理性を自覚せしめている。ここにとらえられた下人の心の動きは、恐らく、芥川の眼に写った人間が人間である限り永遠なる本質であった。従って彼はこの人間性に対する最後的な救いや解決も与えていない。」と、のべている。

  羅生門の晩秋の雨の夕ぐれに、王朝末期の行きどころのない下人が、現代人的な心理と感覚をもって、こうした局面におかれたとすれば、どのように反応し行為するのであろうかという実験が、芥川的小宇宙で行なわれたとする見方もできるであろうし、「この雨の夜」と「この羅生門の上で」という条件がない限り進展しえない状況設定から、その状況下の人間の行為と心理を描きあげてみせたものととることもできるであろう。」(p391)

と書いている。前半が吉田氏の論の紹介で、後半が解説者の考えかと思われる。後半は芥川的小宇宙での「実験」という見方と、雨の夜の羅生門の上での人間の行為と心理という、主題の表現としてまとまりのないものが示されているが、これは後の「鑑賞」の章で説明が加えられている。

「(どの読者も)「この雨の夜に、この羅生門の上で、(死人の髪の毛を抜くということが)それだけですでに許すべからざる悪であった。」と、下人の立場から断定されると、それに引きこまれてしまうのである。「死人の髪の毛を抜く行為」が善悪であるのでなく、「この時」 「この場」が「許すべからざる悪」の断定の条件である。とすると、「きょうの空模様も少なからず、この平安朝の下人のSentimentalismeに影響した」と、作者自身が作中に顔を出して説明した意味が、単なる説明でないということになってくるのである。たしかに、時雨の宵というのは、下人のみならず誰でも愉快な気分にさせられるということは少ないであろうが、そうした天候季節を設定したことに、作者の意図、作為があったのである。こうした、時と場における人間の反応のしかたを描いてみせるところに、芥川の意図があったと考えられないことはない。それは、善や悪といった人間の倫理観の問題ではなく、この作中にもある、「勇気」といったもののように、ある場合には、善にも働き、ある時には、悪にも働くといった人間行為の契機といったもののあり方を、ある状況下において際だたせてみせようとしたものであるかもしれない、ということである。」(p400、傍線筆者)

 とある。文中の「善や悪といった人間の倫理観の問題ではなく」というのは、文脈から「エゴイズムの問題ではなく」と理解するのは間違いだろうか。解説者は吉田説を示しながらも、疑問を持ち、控えめに自論を述べたのではなかろうか。善にも悪にも働く人間行為の契機といったもののありかたを主題と考えていると言っているように私には見える。「主題は、人は契機によって善にも悪にも働くということだ。」こう言っているのではないのか。そうならば私は全面的に彼を支持する。

 実際私は授業をしていて、門の下での下人の心理、楼上での心理変化、それらを辿るのにどうしても時間がかかり、最後のエゴイズムとの関係があるとも思えず、統一感が感じられずいつもスッキリしない思いを抱いていた。しかし、天気に、時刻に、場所に、相手の風貌に、相手の行動に、相手の言葉に、人は左右される、と考えると、素晴らしい構成だし、単に人の言葉に動かされるのではなく、自らの言葉が自らを追い詰めるというオチまで用意すれば、完璧ではないか。このオチがなく、老婆とともに死人の着物を剥いだのであれば作品は締まりのないものになってしまう。

 振り返ってみれば、筑摩、旺文社、光村、教育出版、それぞれがエゴイズム論以外のものを示している。しかし、それはどこも吉田説の紹介の後である。論として出版しているか否かは立場の差となっているのだ。